見張りと攻撃のための櫓
  櫓(やぐら)は元々、「矢倉」と書かれ、弓矢や刀、甲(かぶと)などをしまう武器庫を意味していたと言われています。ですから、見晴らしのよい高いところにつくられ、敵が来るのを見張ったり、弓矢を射ったりして、ここで敵の侵入を食い止めました。
 櫓の位置は、周囲を見渡しやすいお城の角に置くことが多く、これを隅櫓(すみやぐら)と呼びました。この他にも多門櫓(たもんやぐら)と呼ぶとても長い櫓や、出櫓(でやぐら)と呼ぶ移動式のものもありました。大規模化した近世のお城は特にたくさんの櫓がつくられ、岡山県の津山城では大小70以上もあったという記録が残っています。
 さらに争いのない平和な時代になると、お城を守ることとは関係のない月見を楽しむための月見櫓(つきみやぐら)や、納涼のための涼櫓(すずみやぐら)、富士山が眺められる富士見櫓(ふじみやぐら)などがつくられ、櫓の使われ方は変わっていきました。

「見張りと攻撃のための櫓」「侵入を防ぐ堀」へ